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公正な証券市場の確立と不動産鑑定士の役割;  最近の証券不公正取引への不動産鑑定士の関与を踏まえて


証券取引等監視委員会事務局総務課長 佐々木清隆




 ◆◆ 1.証券取引等監視委員会とは? ◆◆

 証券取引等監視委員会(以下「監視委」と略)と聞いて、初めて耳にされる不動産鑑定士の方々も少なくないことと思う。監視委はインサイダー取引や企業の粉飾等の証券市場の不公正取引の調査・摘発のために、1992年に大蔵省(当時)に設立された。その後1998年に金融監督庁(現金融庁)が大蔵省から分離独立されたことに伴い、現在は金融庁の中に属するが、独立して職権を行使する組織として機能している

 このような監視委が不動産鑑定協会の会報に寄稿するのを不思議に思われる方もいらっしゃることと思う。実際、監視委として本会報に寄稿するのは初めてのことであり、その背景には、それだけの理由があるのである。

監視委の組織等の詳細については、Webを参照いただきたい。
http://www.fsa.go.jp/sesc/index.htm"


 ◆◆ 2.証券不公正取引と不動産鑑定士の関与 ◆◆

 監視委が調査・検査し摘発する証券市場での不公正取引は、インサイダー取引、株価操縦、風説の流布、有価証券報告書の虚偽記載(粉飾)等多岐にわたる。これらの不公正取引は法律(金融商品取引法)で違法な行為とされ、市場監視、課徴金調査、開示検査、犯則調査、証券検査の対象となり、課徴金の納付、刑事告発、証券会社等に対する業務改善命令や業務停止等の行政処分に繋がる。そこに不動産鑑定士がなぜ関係するのであろうか?

 従来上記のような証券不公正取引の当事者としては、上場企業の役職員、証券会社の役職員、いわゆる仕手筋を含めた投資家、公認会計士や監査法人が登場する事例がほとんどであった。しかし、最近では不動産鑑定士が証券不公正取引の当事者として登場する事例が増加してきている。

(1)不公正ファイナンスへの関与
 不動産鑑定士が関与するリスクの高い不公正取引として、まず、第三者割当増資の悪用等に伴う不公正取引である「不公正ファイナンス」の問題である。

「不公正ファイナンス」は法律上の定義があるわけではないが、簡単にいうと、第三者割当増資や新株予約権の割当等発行市場でのファイナンスを悪用し、流通市場での不公正取引につなげる問題である。

 金融商品取引法上の不公正取引は、インサイダー取引、株価操縦等いずれも証券の流通市場での問題である。証券が流通する段階での価格の公正な形成を阻害する行為を「不公正」と位置づけているわけである。他方、公募増資、第三者割当増資等発行市場のファイナンスについては、基本的には会社法の世界の問題として、会社法上適正な手続きが求められている一方、金商法上は適正な開示が求められているだけである。

 しかし、近年においては、発行市場の段階では会社法上の手続きは遵守しているものの、流通市場での株価操縦、風説の流布等に繋がるファイナンスが増加している。例えば割当先が非常に不透明な海外のタックス・ヘイブンまたはオフショア金融センター(典型的には英領バージン諸島等)に設立されたファンドや国内の投資事業組合に対する第三者割当増資や、発行済み株式総数の数倍から場合によっては何十倍もの希釈化が生じる第三者割当増資等が、流通市場における不公正取引の前準備としてあるいはスキーム全体の一部として利用される事例が増加している。

 不公正ファイナンスは、会社法改正により企業の資金調達が取締役会決議で機動的に行えるようになったこととあいまって、この数年増加していると認識しているが、特に金融危機に伴う世界的な信用収縮、株価の下落に伴い、2008年後半以降激増した。具体的には、2008年9月期、12月期の開示のタイミングの前後で、不公正ファイナンスと思われる第三者割当増資、新株予約権の割当等が著しく増加している。さらに数の増加だけでなく、不公正ファイナンスを行う当事者である上場企業についても、従来は新興市場に上場されている一部の企業が中心であったものが、近年においては、東証や大証の一部・二部上場企業、さらには金融危機の中で資本増強を迫れられている金融機関の一部も登場しており、問題は深刻化している。

 不公正ファイナンスの当事者である上場企業は、多くの場合赤字企業であり、これらの企業は証券市場から資金を調達するためだけの、いわゆる「箱企業」となっている。すなわち第三者割当増資等で調達された資金は、当該上場企業から他の企業(反社会的勢力のフロント企業あるいはそれと関連する企業であることが少なくない)に対する投資、融資等の形で流出し、翌期には特別損失が計上されることが多い(あるいはそのようにあらかじめ仕組まれている)。

近年、不動産鑑定士がこのような不公正ファイナンスのスキームの組成等に関与する事例が把握されている。例えば、第三者割当増資を引き受ける先が、通常であれば現金を払い込む代わりに、現物出資を行う事例が最近増加してきており、特に不動産による現物出資の事例が少なくない。そのように現物出資される不動産については、不動産鑑定士による鑑定評価が行われているが、例えば不稼働物件である施設の鑑定評価が杜撰である事例が見られる。

監視委としては、「不公正ファイナンス」の問題への対応を最優先課題としており、犯則調査等による摘発を積極化しているところである。この問題については、次回以降において、より詳細をご紹介したい。

(2)REITの問題
 不動産鑑定士が関与する分野として、REIT(不動産投資信託)の問題がある。REITの投資法人、運用業者が金融商品取引法の規制対象であることから、この数年監視委として検査を実施してきている。

REITについては、投資法人が物件を取得する際、不動産鑑定評価を基準として物件取得価格を決定している。恣意的な評価額の算出を意図する依頼や資料提供により不適切な評価額が算出された場合には、投資家及びREIT市場に多大な影響を与えることとなり、この点で関与する不動産鑑定士の適切な業務実施が重要となる。しかし、これまで行われた監視委としての検査の中で、不動産鑑定評価の問題が把握されてきている。

不動産鑑定協会においても、不動産鑑定業者の業務実施態勢に関する業務指針等を定め既に対応を実施していると認識しているが、監視委としては、適正な不動産鑑定評価に基づきREITの運用が行われているか、不動産鑑定士の関与状況も含め、引き続き投資法人及び運用業者の検査を通じ検証していく方針である。

(3)不動産鑑定士によるインサイダー取引
 次に不動産鑑定士によるインサイダー取引のリスクである。不動産鑑定士ではないが、ここ数年企業の未公表の内部情報に接する機会の多い同様の職種として、公認会計士、税理士、マスコミ、印刷会社等によるインサイダー取引が摘発される事例が増加しており、不動産鑑定士も例外ではないと考えられる。

 インサイダー取引に関しては、近年TOBに関連するものが増加しており、監視委が摘発するインサイダー取引の過半数以上がTOB関連である。監視委としては、現在TOBに関連する当事者であるFinancial Advisor(投資銀行)、法律事務所、監査法人、due diligence業者、印刷業者等から、TOBプロセスの実務及びインサイダー取引のリスクについての実態を把握するためのヒヤリングを行っている。

別の機会にこの紙面でご紹介するが、どんな少額のインサイダー取引であって、また借名口座を利用した取引であっても、監視委による監視の対象となっていることを認識いただきたい。



 ◆◆ 3.監視委としての対応 ◆◆

 上記のような不動産鑑定士が関係する証券不公正取引の問題が最近把握されていることから、監視委としては、日本不動産鑑定士協会連合会に対し、問題の所在、監視委としての懸念を伝え、団体としての規律の強化を要請しているところである。今後不動産鑑定士を監督する立場にある国土交通省に対しても、同様に問題提起する予定である。

 また上記のような証券市場の公正性に関わる問題に対応するため、監視委員会には不動産鑑定士出身の専門家を採用しており、不動産鑑定に関する専門的な問題についての分析、不動産鑑定協会との連携の上で活躍を頂いている。

今後本誌面をお借りして、また日本不動産鑑定士協会連合会と意見交換、講演等により、監視委の問題意識等をお伝えすること等を通じて、証券市場の公正性の確保の上での不動産鑑定士の役割について認識を深めていただければ幸甚である。


・筆者紹介  佐々木 清隆
 東京都出身。1983年東大法学部卒業後、大蔵省(当時)に入省。金融監督庁(現金融庁)検査局、OECD(経済協力開発機構)、IMF(国際通貨基金)等海外勤務を経て、2005年証券取引等監視委員会事務局特別調査課長。2007年7月より同委員会事務局総務課長。